ネット上のバイラルミームを映画化したホラー作品『Backrooms』において、説明のない電話シーンが登場し、物語の論理的整合性を損なっていると批評家たちが指摘している。
この批判は、コミュニティ主導の抽象的なインターネット上の伝承を、構造化された映画体験へと変換することの難しさを浮き彫りにしている。元のミームはプロットよりも雰囲気による恐怖に依存しているため、映画が伝統的なストーリーテリングの要素を導入しようとしたことが、一部のレビューアーにとって違和感を生む結果となった。
Kane Parsonsが監督を務め、Chiwetel Ejioforが主演した本作は、米国のA24によって製作された [1]。このプロジェクトは、「リミナル・スペース(境界空間)」というホラーコンセプトをスクリーンに持ち込み、空虚で反復的な内装が持つ不気味さに焦点を当てている [1]。
批評家の間で特に論争となっているのが、十分な説明を欠いた劇中の電話シーンだ。レビューアーらは、この場面が映画内部の論理的な破綻を意味しており、環境が醸し出す緊張感を削いでいる可能性があると述べている。本作は2024年に公開された [1]。
こうした物語上の懸念がある一方で、作品の雰囲気については称賛する声もある。IGNのレビューアーは、「Backroomsの評判は周知の通りであり、それには正当な理由がある」と述べた。映画は、最も地味な内装の中にどのような悪が潜んでいるのかという問いを追求し続けている [1]。
監督のParsonsは、ミームの素材が持つ特有の不安感を捉えることを目指した。しかし、短尺のバイラルコンテンツから長編映画へと移行するには、元のインターネット現象では必要なかったレベルの説明(エクスポジション)が求められる。このギャップが、一部の観客や批評家に脚本の整合性への疑問を抱かせる要因となった。
“Backroomsの評判は周知の通りであり、それには正当な理由がある。”
『Backrooms』に対する批評的な反応は、「クリーピーパスタ」スタイルのネット伝承と伝統的な脚本術との間の緊張関係を示している。視覚的な世界観の構築には成功しているものの、物議を醸した電話シーンなどのプロット上の正当化に苦慮している点は、「リミナル・スペース」というジャンルが、物語主導の長編映画よりも、ムードを重視した作品としての方が効果的である可能性を示唆している。





