国民会議党のリーダーで元環境大臣のジャイラム・ラメシュ氏は、インドコクチョウ(Great Indian Bustard)の保護プログラムを始動させた出来事はニューデリーで起きたと述べた。

これらの回想は、インドで最も絶滅が危惧される種の一つに対し、個人の提言と政治的意志がいかに重要な野生動物保護を確立させる役割を果たしたかを浮き彫りにしている。

ラメシュ氏によると、保護への道は鳥類学者サリム・アリ氏の影響から始まった。アリ氏は1961年にインドコクチョウを国鳥にすることを提案していた [1]。この具体的な提案が国鳥の決定には至らなかったものの、科学的および政治的な意識の中でこの種の重要性を確立させることとなった。

政府による保護プログラムの実際のきっかけとなったのは、約50年前のことである [2]。ラメシュ氏によれば、転換点となったのは、当時のインディラ・ガンディー首相が新聞の1面に掲載されたこの鳥の写真を目にしたことであった [1]

この視覚的な出会いが、ガンディー首相にこの種への関心を抱かせ、政府を専用の保護活動へと突き動かした [2]。一連の流れは、長期的な専門家による提言と、高レベルの政治的注目を集めた一瞬の出来事が組み合わさることで、環境政策がどのように転換し得るかを示している。

この保護プログラムは、生息域全体で個体数が減少していたこの鳥を絶滅から救うことを目的としていた。ラメシュ氏は、この取り組みが1961年の提案と、その後に首相の目を引いた写真という、特定の歴史的なトリガーの結果であると述べた [1], [2]

サリム・アリ氏は1961年にインドコクチョウを国鳥にすることを提案した。

ラメシュ氏によるこの証言は、初期のインドの環境政策が「トップダウン」形式であったことを強調している。つまり、保護の優先順位はしばしば首相個人の関心によって決定されていた。これは、サリム・アリ氏のような科学的な提言が必要な基盤を提供する一方で、提案が予算を伴う政府プログラムへと移行するには、視覚的または感情的な触媒(きっかけ)による政治的な推進力が必要であることを示している。