インドのモラルジー・デサイ元首相は、アッサム州の群衆に対し、いかなる政府も抑圧できないほど市民が強力にならなければならないと語った。
この演説は、インドの民主主義的な議論を形成した、市民的自由が停止されていた「非常事態」期間への政治的反応を浮き彫りにしている。恐れを知らない市民社会を提唱することで、デサイ氏は国家が権威主義的な統制に戻らないようにすることを目指した。
デサイ氏は1978年 [1]、ジャンタ党の選挙集会でこの演説を行った。このイベントはアッサム州議会選挙の前に行われ、彼は前政権の行き過ぎた権力行使に対抗して有権者を動員する必要性に焦点を当てた。
集会の中で、デサイ氏は政府の越権行為を防ぐための個人のエンパワーメント(権限付与)の必要性について語った。「我々は、いかなる政府も抑圧することを恐れるほど、人々を強力にしたいと考えている」とデサイ氏は述べた [1]。
一般市民の権限強化に加え、元首相は機能する民主主義におけるメディアの極めて重要な役割についても言及した。彼は、報道内容が政権にとって不快なものであっても、プレス(報道機関)は権力に対する必要な監視役として機能すると主張した。
「政府が不快にさせられるべき時に、政府を困らせるのが報道の仕事である」とデサイ氏は述べた [2]。
この姿勢により、ジャンタ党は市民的自由と報道の自由の擁護者として位置づけられた。このレトリックは、党のプラットフォームを、非常事態時代を特徴づけた検閲や制限と対比させるよう設計されていた。報道を説明責任を果たすためのツールとして枠付けすることで、デサイ氏は、政府が不快感を抱くことは、しばしば効果的なジャーナリスティックな監視の兆候であると強調した。
“我々は、いかなる政府も抑圧することを恐れるほど、人々を強力にしたいと考えている。”
この歴史的な演説は、非常事態宣言後のインドにおいて、民主的な安全策を制度化しようとする取り組みを反映している。個人の力と報道の自由を国家による抑圧の防止に明確に結びつけることで、デサイ氏のレトリックは、インド政府と市民との関係が、より対立的かつ透明性の高い方向へと移行したことを強調した。



