ノーマン・マクフィー師は、自身がホンジュラスに設立を支援した施設を表現する際に「寄宿学校(residential school)」という言葉を使用したことについて謝罪した [2]。
この発言は、2024年6月初旬に行われたケープブレトン大学(CBU)の卒業式でのことだった [2, 3]。この発言が即座に激しい反発を招いたのは、「寄宿学校」という言葉が、カナダ自国の歴史における先住民の子供たちへの組織的な虐待と強制的な同化政策に結びついているためである。
ケープブレトン出身のカトリック司祭であるマクフィー師は、ホンジュラスでの活動について語っていた際にこの比較を用いた [1, 2]。式典の中で、彼は「寄宿学校は評判が良くないが、この学校はホンジュラスで非常に高い評価を得ている」と述べた [1]。
この言い回しは、カナダの寄宿学校制度に関連するトラウマを軽視するものだとして批判を浴びた。世論の反発を受け、ケープブレトン大学は司祭が使用した言葉について謝罪文を出した [3]。
その後、マクフィー師は反省の意を表明し、この論争に対応した。「ホンジュラスの寄宿学校について述べた発言を後悔している」とマクフィー師は述べた [2]。
今回の出来事は、カナダにおける植民地時代の遺産を巡る感度の高さ(センシティビティ)を浮き彫りにした。司祭は中米の特定のプロジェクトについて言及していたが、カナダの学術的な場でその用語を用いたことで、国家主導の加害の歴史を想起させることとなった [2, 3]。
“「寄宿学校は評判が良くないが、この学校はホンジュラスで非常に高い評価を得ている」”
この出来事は、カナダにおいて「寄宿学校」という言葉が持つ深刻な社会的・感情的な重みを強調している。カナダの寄宿学校制度は、国家的なトラウマと和解への取り組みの中心的な点であるため、たとえ国際的なプロジェクトを指している場合であっても、このフレーズを使用することは、その歴史を軽視していると受け取られかねない。発言者と大学の両者が迅速に対応したことは、現在のカナダの公共および学術的な言説において、極めて高い水準の文化的感性が求められていることを反映している。





