サウジアラビア当局は、大モスク(グランドモスク)の拡張部分にある新しい回廊を「サウジ回廊」と命名した [1]。
この決定は、同国が進める現代的な拡張計画と、同地における歴史的な建築遺産の保存との間の緊張関係を浮き彫りにしている。政府はモスクの拡大に対する自国の貢献を明確にしようとしているが、この動きは、同地の多様な歴史的層を重視する人々から厳しい視線を向けられている。
この命名は、メッカのマスジド・ハラームで相次いで行われた拡張工事に伴うものである。聖モスク総管局によれば、今回の新たな名称は、聖地を拡張しようとするサウジアラビアの努力を象徴する歴史的な成果であるとしている [1]。現代的な増築は、増加し続ける巡礼者の受け入れを目的としている。
しかし、この動きは歴史学者や観察者の間で論争を巻き起こした。批判的な人々は、「サウジ回廊」という名称が、元々あったオスマン帝国の回廊の遺産を軽視していると指摘する [2]。オスマン帝国による拡張は数世紀にわたって行われ、特に16世紀には重要な建築工事が実施された [2]。これらの構造物は、モスクの歴史的アイデンティティにとって不可欠なものであると見なされている。
BBC Arabicの報道によると、今回の命名はオスマン帝国の遺産を否定するものと捉える向きがあるという [2]。16世紀のオスマン様式と現代のサウジのデザインとの対比は、同地の歴史が公にどのように提示されるかという、より広範な転換を反映している。議論の中心は、新たな増築部分が、過去の時代の名称と共存すべきか、あるいはそれに取って代わるべきかという点にある。
同地に関する最近の議論は、ヒジュラ暦1447年のハッジ(大巡礼)の年に重なっている [3]。サウジアラビア政府が聖都に対する長期的なビジョンを遂行するなか、進行中の拡張プロジェクトは、大モスクの物理的および象徴的な景観を塗り替え続けている。
“この命名は、モスクを拡張しようとするサウジアラビアの努力を象徴する歴史的な成果として提示されている。”
「サウジ回廊」の命名は、大モスクの近代化を国家的な成果としてブランディングしようとするサウジアラビア政府の戦略的な取り組みを反映している。モスクの建築にサウジとしてのアイデンティティを据えることで、国家は同地の主たる守護者としての役割を誇示し、歴史的なナラティブをオスマン帝国時代の多帝国的な遺産から、よりナショナリズムに基づいた枠組みへと移行させる可能性がある。





