ムスリムの請願者らが、ボージュシャラ複合施設をヒンドゥー教寺院とする判決に異議を唱え、インド最高裁判所に請願書を提出した。

この訴訟は、11世紀の記念物の宗教的アイデンティティを巡る重要な法的争いとなっている [1]。この場所はマディヤ・プラデーシュ州における共同体間および歴史的な論争の焦点となっており、最高裁判所の決定はインド全土の他の紛争宗教施設にとって先例となる可能性がある。

請願側は、同複合施設をサラスヴァティー女神を祀る寺院と認定したマディヤ・プラデーシュ州高等裁判所の命令の取り消しを求めている [2]。ムスリム側は、高等裁判所の決定は欠陥のある証拠に基づいていると述べ、当該地は歴史的にモスクであると主張した [3]

請願者側の法的論拠として、1935年にダール州裁判所が同記念物をモスクと認定した宣言が引用されている [4]。この歴史的主張は、同構造物が1034年にボージュ王によって建立されたとする「ヒンドゥー正義戦線(Hindu Front for Justice)」の主張と対立している [5]

さらなる争点は、記念物の破壊と再建のタイムラインに集中している。一部の記録では、1305年のキルジ侵攻時に記念物が破壊されたことが示唆されている [6]。しかし、ムスリム側は法廷において、当時の当該地で寺院が破壊された証拠はないと主張している [7]

ボージュシャラは、数十年にわたる訴訟と社会的緊張が続く、同地域で最も激しく争われている建築遺構の一つである。請願者らは現在、国内最高裁判所に対し、寺院としての認定を覆し、モスクとしての地位を回復させるよう求めている [3]

ムスリム側は、高等裁判所の決定が欠陥のある証拠に基づいていると主張している。

この法的挑戦は、インドにおける植民地時代の司法記録と現代の歴史的解釈との間に続く緊張を浮き彫りにしている。最高裁判所に上訴することで、請願者らは最近の高裁判決よりも1935年の州裁判所の判決を優先させようとしており、施設のアイデンティティに関する最終決定を国家最高司法権限に委ねている。